私は10代のころ、
ほぼ鬱状態で毎日が辛かったです。
学校に馴染めない、人目が怖い…
今ではもう、人生を終わりにしたいと考えることはなくなりましたが、たまーに、「なんか辛いな」
「理由は分からないけど、しんどいな」っと感じる瞬間があります。
なんでだろう?っと自分なりに考えてみました。

その気づきを、3つに分けてお話しします。
① 出来事を“マイナス変換”してしまっている
同じ出来事でも、ポジティブに受け取る人もいれば、ネガティブに受け取る人もいます。
例えば、若い頃の私。
「ニキビ赤いね、痛そう。」
そう言われただけで、
「ちゃんと清潔にしてないって思われてる?」
「汚い顔って言われてる?」
と、頭の中で勝手に変換していました。
でも今思えば、
相手はただ心配してくれていただけかもしれません。
辛くなりやすい人は、事実ではなく
“自分の頭の中の、勝手な転換”で
傷ついていることがあるのかもしれません。
私はそうでした…。
でも、
全部をポジティブに変えるのは難しいですよね。
少しずつで良いと思います!
私はマイペースに徐々にですが、
勝手にネガティブ変換する癖を減らしていきました。
すると、
落ち込みにくくなるし、しんどいなっと感じる瞬間も減りました。
② 価値がないと生きてはいけないという思い込み
「自分には価値がない」
「誰の役にも立っていない」
「自分なんていなくてもいい」
そう思っていた時期が、私にはありました。
0か100かの人間だったので、
極論、こんなことを考えていました↓
・価値がない自分は、この世から消えていい
・価値ある自分なら、人生を楽しんでいい
でもある時、ふと思ったんです。
私が生きててもいいと考える価値のある人にも、
誰か代わりがいることに。
人気者も芸能人も、
総理大臣も、
優秀な人も、
極論は承知なのですが、
いなくなっても、
代わりになる人は出てくるんです。
そう考えた時に、
価値ある人って何なんだろ?
自分はどういう基準で価値ある人って決めてたのか?
と、疑い始めました。
“すごい人だけが生きていていい”わけじゃない
そう思えたんです。
評価される人が生きている価値ある→✖️
優秀な人が人生を楽しめる→✖️
頑張った人が人生を楽しめる→✖️
”価値”に対する悪い思い込みを捨てることで、
楽に生きることができるようになります。
③ 幸せを「外側」に任せている
「美人になれたら幸せ」
「好きな人と付き合えたら幸せ」
「もっとお金があったら幸せ」
私は、外側の条件が整ったら幸せになれる、と思っていました。
でも実際は、
同じ状況でも、
幸せと感じる人と
「まだ足りない」と感じる人がいます。
私は、同じ状況でも、幸せと感じる人と不幸せと感じる人がいることを知ってから、幸せとは…
✖️外側の条件を整えることで生まれるもの
ではなく
🟠自分の内側から生まれるもの
なんだと、理解しました。
もし今、しんどいな…と感じるなら、
幸せになるための無意識な条件を
自分に課しているのかもしれません。
今日、
掃除ができなかったとしても、
子供と上手に向き合えなかったとしても、
お菓子を食べてしまったとしても、
幸せに感じていい許可を出してあげると
また前向きに頑張れます。
まとめ
今回の記事では、
自分の変化について考えてみました。
私は学生のころ「自分に価値はない。生きるが辛い。」と思っていました。
でも、今では「幸せな人生を歩んでいる。」と言いきれています。
辛さの正体は、
- 出来事のネガティブ変換
- ”価値”の悪い思い込み
- 幸せの外部依存
なのかもしれません。
もし今、少し辛いと感じているなら、
いきなり人生を変えなくていいんです。
- 解釈をひとつ変えてみる
- 評価から少し距離を置いてみる
- 小さな幸せを自分で作ってみる
それだけでも、少し楽になるかもしれません。
誰かの気づきになりますように。
