我慢する自分を卒業したい

私はなぜ変わりたいと思ったのか

2026年が始まって、あっという間に1か月が過ぎました。

皆さんは年始に立てた目標を達成できていますか?

私はできていません。

家族みんなで風邪をひいてしまったこともあり、
時間にも心にも余裕がありませんでした。

でも、本当の理由は別にある気がしています。

私は昔から、

「頑張らなきゃ」

が口ぐせのような人間です。

これを達成しなきゃ。

もっと努力しなきゃ。

今は楽しんでいる場合じゃない。

そんな風に、いつも自分を追い立てていました。

頑張っているのに満たされない

不思議なことに、

私は毎年頑張っています。

それなのに、

なかなか目標を達成できません。

そして、

達成できないから、

やりたいことを我慢する。

欲しいものを我慢する。

楽しむことを我慢する。

そんな生活を続けていました。

もちろん今の生活は十分幸せです。

最低限の生活にも困っていません。

でも、

心のどこかで、

「まだ楽しんじゃいけない」

と思っている自分がいました。

私を苦しめていたもの

最近になって、

私はあることに気づきました。

それは、

目標を達成できないことよりも、

「頑張り続けている自分」

に執着していたのではないかということです。

頑張っている自分は立派。

努力している自分は偉い。

そんな価値観を長年持ち続けてきました。

だから無意識に、

達成よりも、

頑張り続ける状態を維持していたのかもしれません。

そして、

その我慢や窮屈さは、

言葉や雰囲気にも表れていたように思います。

少しネガティブな発言が増える。

心の底から楽しめない。

どこか余裕がない。

そんな自分を振り返るたび、

「一緒にいる人も疲れてしまうかもしれない」

と感じることがありました。

私がなりたい自分

私が目指したいのは、

完璧な人ではありません。

成果を出し続ける人でもありません。

自分の人生を楽しめる人です。

自分が満たされていて、

周りにも元気を与えられる人です。

一緒にいると安心できる人です。

言い換えると、

「頑張っているオーラ」ではなく、

「楽しんでいるオーラ」が出ている人になりたいんです。

圧倒的に変わるためにやること

今の私の仮説はシンプルです。

・100点を目指さない

・自分のできることを大切にする

・欠点を埋めるためだけの努力をやめる

・好きなことを後回しにしない

私は長い間、

できない自分を直すことに力を使ってきました。

でも、

できない部分を埋め続ける人生より、

できる部分を伸ばす人生の方が楽しい気がしています。

35年生きてきて、

ようやくそう思えるようになりました。

やってみて違ったらやめればいい

これが正解かどうかはわかりません。

でも、

今までと同じことを続けても、

同じ結果になる気がしています。

だから今年は、

少しずつ我慢を手放してみます。

頑張り続ける自分を卒業してみます。

やってみて違うと思ったら、

またやり方を変えればいい。

そんな気楽さも持ちながら、

変化の記録をこのブログに残していこうと思います。

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